生産者が語る、いわての食財。
いわての一生懸命を、食卓に。「いい野菜づくりは、まず、土づくりから。親子二代で取り組む、循環型農業。」キャベツ農家 三浦正美さん大樹さん(岩手町)
岩手町は、北上川の源流にほど近く、水はけのいい丘陵地。寒暖差の大きいその気候とあいまって野菜づくりには最適地とされています。岩手町のキャベツづくりの歴史は古く、戦前には「南部甘藍(なんぶかんらん)」と呼ばれ、台湾・中国にまで輸出されていたとか。
岩手町のキャベツは「春みどり」。春キャベツのみずみずしさと、甘み、柔らかな食感が特長です。この岩手町では、地域ぐるみで循環型農業に取り組んでいます。地域内の畜産農家から出る糞や(敷藁)しきわらなどを堆肥として畑の土づくりに生かしています。
三浦正美さんは、20年前から循環型農業に取り組むパイオニアのひとり。60ヘクタールの大農園で使う堆肥は、なんと年間2,000トンもの量。有機堆肥をふんだんに用いて化学肥料や農薬の量を減らした野菜づくりを進めています。農園では、三浦さんご家族を中心に30人のスタッフが働いています。こうし農園経営に加えて、さらには地元の醤油メーカーとキャベツ用ドレッシングの商品開発も手掛けて、ヒット商品になっているとか。取材して感じたのは、これからの日本の農業の可能性とあるべき姿。三浦正美さんと息子さんの大樹さんに野菜づくりへの思いを伺いました。
20年かけて父と母がつくりあげた、土にこだわった野菜づくり
いい野菜づくりは、いい土づくりから。そう信じてやってきた。いい土で育った、健康な野菜を生産したい。健康な野菜は、食べる人も健康にしてくれるんじゃないかってね。
こうした野菜づくりをはじめたのは、20年以上前。首都圏の大学を卒業。大学時代に知り合った家内と結婚して、こちらに戻ってきた。父を手伝いながら、農業のイロハを勉強した。ある程度、農業のことがわかってくると、何か違うなと。当時の農業は、化学肥料一辺倒で、この辺りでもそうだった。
それで、自分で勉強をはじめた。滋賀県の水口(みなくち)に、民間農法を教えるところがあってね。そこに農閑期の冬に数年通って、有機農法のよさ、土づくりの大切さを教わった。それから農業のやり方を変えていったんだ。
堆肥づくりは手間と時間がかかるよ。10アールあたり2~3トンと量も必要。この岩手町は、幸い畜産農家が多くて、必要な堆肥が域内ですべて賄えるんだ。うちは60ヘクタールの畑に年間で2,000トンの堆肥を使ってる。
それを、時間をかけて発酵させる。堆肥を寝かせるわけだけど、放っておけば、いいってわけじゃない。堆肥の発酵を促すため、切返しという作業を繰り返す。かまぼこ型に積んだ肥料を、ローダーという機械で混ぜて、酸素を入れて発酵微生物を活発化する。そうして4カ月ほどで、十分発酵した完熟の堆肥ができる。
この堆肥は、もう嫌な臭いもしない。発酵の過程で80度もの熱がでるから、雑菌や害虫もほとんどいない。それを、野菜の収穫が終わった10月頃、畑の土に混ぜていく「お礼肥」っていうんだ。畑にありがとうって堆肥を入れる。なぜ10月にやるかというと、堆肥が土に馴染むのに、さらに4カ月かかる。翌年の2月の種まきに間に合わせるには、10月ってわけなんだ。
野菜農家 三浦さん一家
いい野菜づくりは、土づくりと、もうひとつは苗づくり。野菜作りは、「苗七分作」って言葉がある。苗の出来が良くなかったら、いい野菜にならないってことだけど、ほんとは「苗全作」。野菜の良しあしは苗の時点で決まっちゃう。うちでは家内に全部まかせてる。
(母:博子さん)
私が苗管理なんですよ。責任重大な仕事で、苗がだめだとそのシーズンの野菜、全部だめになっちゃう。取引先にも迷惑かけちゃうし。それほど苗の出来が大事。「畑の肥やしは、人の足音」って言うんだけど。足繁く通って、畑の草がなくなるくらい歩いて面倒みないといけないの。
おとうさんの口癖は、「苗は根を見ろ」。毛細根が良く伸びている苗は、水も養分もよく吸収できるから、いい野菜に育つのね。
父 正美さん
(父:正美さん)
この一面のキャベツ畑。来年は別の作物をつくることになる。なぜかと言うと、ひとつの土地で同じ作物を作り続けると、土の中にその野菜の病原菌や害虫が増えて、野菜に病気が起こる。これが、連作障害。ふつうはこれを防ぐために農薬を使うんだ。
でも農薬はなるべく使いたくない。そこで、輪作をする。今年はキャベツ、来年はレタスというように、「科」※がちがう野菜を順繰りにつくっていくことで、連作障害を防ぐ。今の場所でまたキャベツをつくるのは4年後。オリンピックみたいだね。うちでは15種の野菜をつくっていて回している。
キャベツ専用ドレッシング
「キャベタリアン宣言」
「ゆずれぬ想い」
キャベツをどんどん食べてほしいんだ。どう、甘くて、ジューシーでしょう。ざく切りにして生でバリバリ食べる。旨いでしょう。で、もっとおいしく食べるために農商工連携で、岩手町と地元の醤油メーカーが開発したのが、この「キャベタリアン宣言」(笑)。おととしの9月に発売して、10万本売り上げた。うちで作ったニンニクもこの中に入ってるよ。
※脚注 キャベツ=アブラナ科
レタス=キク科
つぎの世代が目指すのは、「農業をかっこよくする」こと。(息子:大樹さん)
いち面のキャベツ畑
子どものときから、「おまえは農業やるんだ」って、言われ続けて。いつかは継ぐのかなぁと思いながら。でも、いやなんですよね。中学生、高校生の多感なときは特に。高校卒業してから仙台の専門学校に行って、その後盛岡の飲食店で働いてました。その頃、料理人になることも考えてたんだけど、ふと思ったんですよね。料理人が腕を振るえるのも食材ありきだって。外から農業を見直した。俺は農業をやるべきじゃないかって。それで、本気でやってみようと思って帰ってきたんです。
俺らの世代がやるべきことって、ひと言でいえば「農業をかっこよくする」ことじゃないかな。ふつうに子供たちが、農業やりたいって思う仕事にするってこと。農業を経営という目で改善していくっていうか。
うちの父親の世代は、生産者として規模の拡大と品質を高めることをやってきた。本当に、どこに出しても恥ずかしくない、いい野菜を作り続けてきて、大手企業さんとの直接取引も実現した。
キャベツは葉をいっぱいに
拡げて、初夏の日差しを
おびていた。
でも、商売・経営ということに関して言うと、俺にもやるべきこと、やれることがあるんじゃないかと。これだけ手をかけて品質のいい野菜をつくっても、店頭ではふつうのキャベツ、ふつうのレタスとしてしか扱われないことが多い。東北だと一部のお店では、うちの農園のコーナーを作ってくれているところもあるんだけど、首都圏では、そうじゃない。
野菜って、見た目がよくって、安いかどうかで買われるじゃないですか。どう作つくられてきたかって、なかなかわかってもらえない。生産履歴がちゃんと追えて、それが値段に反映されるってことも必要じゃないかと。
生産管理という面だと、うちの父親が持っているノウハウを、農園全体のノウハウとして「見える化、共有化」したい。たとえば種まきの時期の判断にしても、だいたい突然、「明日は、種を蒔くぞ」ってくる。なぜ、明日なのか、その判断基準は父の中にだけあって、他の者はわからない。そういうことは沢山あるので、これは、ぜひやりたい。
労務管理も沢山のスタッフを抱えると重要だけど、農業って、そういったところが遅れてる。みんながプライドを持って働ける農業をやるってことが、「かっこいい農業」。
日本各地に、生産スタイル自体がブランドになっているような、それこそ「かっこいい」事例がいくつかある。そんな農園のひとつを見学に行ったとき、園内にショップがあって、「ファーマーズトーイ」(農家をモチーフにしたおもちゃ)が置いてあったんだ。こんなの見たら、子どもたちも農家やりたいって言うんじゃないかな。